マルシル基の日基

出来事に対する未熟な所見を垂れ流し。不定期

雑記:夢

こんにちは。

 

今までは長々と僕の精神にダメージを与えた出来事について書くというスタンスだったんですが。これからはそういうときもあればこういうときもある、という形で雑に更新していきます。

 

夢です。「将来の夢」の「夢」ではなく、睡眠時に起きる現象のほうです。

僕はこの間、友人に「幼女戦記」なるサブカル臭が半端ないネット小説上がりのライトノベルを借りたんですけれど、これから長期休暇が来るため、できるなら友達が持っている分すべてを借りたいと思っていたんです。

とりあえず一巻だけを持ってきてくれた友人には同時には一冊しか貸さないという信条があるのかもしれないと思い、自分から「借りれるなら全部借りたいんだけど」と言って雰囲気を壊すようなことはできませんでした。

でも長期休暇に入る前に借りておきたいというモヤモヤはずっと残っていたんです。

ここで夢の話なんですが、夢の中で、僕はその友人に「借りれるなら全部貸してほしい」とお願いして、やんわりと断られちょっと気まずくなってしまった場面があったのです。あまりに現実と似通った状態での場面だったので、起きてからもずっと僕は断られた気分でした。友人との関係が少し気まずくなることを恐れて躊躇した僕に夢でその状況を的確に補完してきたわけです。気まずくなった時の雰囲気を僕に体験させた上に、躊躇したことで気まずさから逃げた僕をしっかり気まずくさせてたんだということで不安ないしネガティブな感情というものはやはり夢などに直結するということを強認識させられました。今それが夢だったことに気づいて雑記として書き始めたわけなんですけれどね。ちなみに頼んではないですけれど断られた時の雰囲気を夢で知ってしまっているので、それが夢のなかで起こったことと分かっていてもしっかり頼みをためらう気持ちが残っています。もはや呪いですね。

以上です。

どろどろコミュニティ

こんにちは。マルシル基です。

僕が気になる、僕の周りが気になってることを書いていきたいと思います。

 

僕が所属しているコミュニティ、つまりは学校で言う部活動、サークルなどといったものですが、どうにもどろどろとしているな、と感じ続けているので。

 

さて、僕のような若者たちには、

「自分が属しているコミュニティの中でどう思われているのか」

ということがとても大きな問題として隔たっています。

大人になると軽く流せるようなことでも、引っかかって悩んでしまう。

 

ただ、軽く流せないことは本当に悪なのでしょうか。

いえ、間違いなく現代日本のどろどろコミュニティ社会を生きていくには、とてもつらい道だとは思いますが。 

 

ところで、僕がいた高校はいわゆる普通の高校ではなくて、高専という、英語数学などの他に工業系の専門的なことを学べるという学校でした。

五年制で、まあ五年生ともなると二十歳になるわけですね。また、三年生で卒業ではないということは、公立高校などに進学した中学校の時の友達が大学受験を受けたりしている最中も遊んでいることができるわけです。

 

ということで、学んでいることも違えばそういった環境もまるで違うわけで、必然普通の高校とは雰囲気が違います。想像ですが、大学のような雰囲気、といいましょうか。

クラスメイトの一人ひとりが、とても利己的なのです。

高校でも進学校ともなるとそのような雰囲気になるのかもしれませんが、まあ一つエピソードをば。

 

 

昔こんなことがありました。

 

僕がいた高専(これから単に高専とします)は二期制、四月から八月上旬までの前期、十月から二月下旬までの後期で、それぞれ二回、計四回のテストが行われます。また、テスト期間が七日間あり、土日を最低でも一回は挟むという状態でした。

そして、高専は単位を落とすラインの赤点が60点。普通の高校に進んだ友達などに聞かせると大体驚かれる数字です。僕のクラスにも、留年して上の学年から落ちてきた学生が二人いました。片方はすぐに登校をしなくなってしまいました。二年連続で留年すると退学となります。

この先のお話で登場するため、留年生のうち、登校している方をAさん不登校の方をBさんとします。

 

本題です。

来る高専3年生の前期1回目のテスト。土日を一度挟む日程で、とりあえずは一周目の金曜日を乗り越えることを目標にみんな頑張ります。大体の人は金曜日が終わると寝たり遊んだりしてテスト二周目までの貴重な時間をあっさり潰します。かくいう僕もそうで、ゲームしたり、動画を見たりなどして時間を潰し、夜遅くに寝て起きたら土曜日の昼の12時。マヌケの極みですが、そこでLINEを確認するとグループLINEにこんな文字が。

「留年生が退学確定っぽい」

落ちてきた留年生がもう一度留年すると退学になりますから、留年するような事実が発覚したらしかったのです。

僕は二人いる留年生である内の、不登校のBさんが退学と決まったのかと思いました。テストまで休んでいるのだから、まあ仕方がないかとも。

 

ですが話を聞くと違ったのです。

 

ちゃんと毎日登校してテストも受けているAさんの留年が確定したという情報が出回っていたのです。

まったくもって不審です。そんなわけがないはずなのです。まだ一回目のテスト、しかもそれも終了していない。結果など出ていませんし、結果が悪くてもこれからのテストで挽回することもできるわけですから、確定などありえない。

 

詳細を聞くとTwitterを見ろ」と言われました。

言い知れぬ不安を感じながらTwitterを開けると、TLにはこのような文章がありました。

 

「留年生のテストの答案用紙が教室に落ちてるんだけどwwwwww」

・・・経緯はこうです。90分を超えるテストは、45分を超えると退室することが可能で、Aさんは45分経過後に退室。その時机の上に置かれていた答案用紙を回収時の不手際でそのまま教室に残ったままとなってしまった。・・・。

以下Twitterでの文です。

「内容も全部間違えてて0点だからどうせ回収されてても留年(退学)」

「私は留年したくないから頑張ろ」

「すまん正直ワロタ・・・」

テストの内容を見た挙句、内容を晒し上げ、笑いものにしていました。

まだその答案を先生に連絡するなどすれば、回収してもらえたはずなのに。

誰も、その留年生を助けようとしたクラスメイトはいませんでした。

 

僕は涙を流しながら先生に連絡し、無事に答案は回収されて、Aさんは正当な評価を受けることができたと思います。

 

全然分からなくて留年するのは、仕方ないとも思いますが、答案が回収されなくて留年はするの、まったく意味が違うと僕は思うのです。

 

僕のクラスだけではないのかもしれない。

高専だけではないのかもしれない。

社会はみんなそうなのかもしれない。

 

でも、僕はこんな奴らに染まりたくなんてない。

染まらずちゃんと行動ができた自分を誇りに思っている。

 

これから日本で生きていく上で、これよりもずっと重い状況に自らがさらされたり、折れてそんな奴らの一員になってしまうのかもしれないけど、今は。

 

コミュニティに流されず、自分を保つことも必要なのです。

 

 

 

(若輩ゆえ、時がたつとまったく違う思想になるかもしれません。

また、これのみが正しいと、すべての人間がこう考えるべきなどと考えていません。

いち個人が、今このとき考えているだけのものですので、ご理解ください。)

「8×7+17=73を不正解とした教師」

どうも、初めまして。マルシル基です。

僕が書くつもりのブログには、凝った演出をする予定はとくにありません。

あしからず。

 

さて、今Twitterなどで、

「小2算数で8×7+17=73を不正解とした教師」が炎上しまくっているようですね。

 

f:id:Marushiruki:20170128125345j:plain

この画像ですね。

小学校2年生の宿題として出されたもののようです。

「1ふくろ 8こ入りの チョコレートが 7ふくろと、ふくろに 入っていない チョコレートが 17こあります。ぜんぶで チョコレートは 何こありますか。」

 

間違いなく、

8 × 7 + 17 = 73

が正解だろうように思えます。

 

ですが、この教師は他生徒の

8 + 7 + 17 = 32

という答えを正解とし、73という答えを不正解としたのです。

 

それを親がおかしく思い、理由を教師に聞いたところ

「まだ習っていないかけ算を使っているため、不正解とした」

とのこと。

親はそれをTwitterで晒しあげ、見事炎上し、この教師はやたらめったら叩かれているということですね。

 

 

この理由、何がいけないんでしょうか?

 

 

この教師の明らかにいけない部分は、

・問題が「かけ算の重要性を知るため」のものであること

・「かけ算を使ってはいけない」というような注意書きがない

「なにこれ?」というバカにしたニュアンスを感じる指摘。そして何がいけなかったのかは書いていないこと

・「8 + 7 + 17 = 32」が正解となっていること

 

これは、皆様が感じている教師という聖職者、その理想像からは考えられないことですね。

我々は、教師に、公正さや、きっちりとした(採点)基準などを求めてしまいがちです。

 

ただ、よく考えていただきたい。

宿題を、まだ習っていない方法で解いてきたわけです。

自分の家族に教えてもらったと捉えられてしまうのも、わからないことではありません。

 

もちろん、塾やベネ〇セなどで先の予習をしていてかけ算について知っていたりする小学生は多いでしょう。

また、知らないであろう解法を用いることを認めない教師の狭量を責めているのだという人も多いだろうと思います。

先に書いた、「教師」の概念的な理想像から離れている、と。

 

それは、どの職業でも同じことであるはずなのです。

僕は学生です。様々な教師と日々接することを強制されていますが────

 

公正でなく、自分勝手な教師などいくらでもいるのです。

程度こそありますが、顧客(教師の場合、生徒)よりも自分の都合を優先するという人が多いのです。

どのような立場の人でも、自分を優先していない人などいないでしょう。

炎上しているのは、自分の常識から見て完全なる悪であるから、寄ってたかって叩いているようですが、自らがその立場になり得るということに気づくべきなのです。

 

叩き方も、ここでは示すことはしませんが、ひどいものばかりです。

 

「人の振り見て我が振り直せ」。

 

これこそがこの事件から我々が得るべき教訓ではないでしょうか。

 

 

(若輩ゆえ、時がたつとまったく違う思想になるかもしれません。

また、これのみが正しいと、すべての人間がこう考えるべきなどと考えていません。

いち個人が、今このとき考えているだけのものですので、ご理解ください。)